【国旗下讲话】学习日语和日本文化的一点体会

作者:初二8班 胡乔 初二4班 王思乔

老师们、同学们:

早上好!我是初二8班的胡乔,这是初二4班的王思乔。今天,我们想聊聊我们为什么要学习日语、了解日本文化。

从公元七世纪末至九世纪末的两个半世纪内,日本为了学习中国文化,曾先后向唐朝派出十几次遣唐使团,因为唐朝当时经济发达,是东亚最强大的国家。遣唐使对推动日本社会的发展和促进中日文化交流做出了巨大贡献。

一千多年前,没有飞机,没有手机,穿越汪洋只能依靠地图与并不先进的航海工具,信息沟通更是方式原始。可就在那样艰难的年代,一批又一批的遣唐使冒着生命危险,跨过汹涌的大海,来到中国学习,只因为那时的唐朝有很多东西值得他们学习。他们学习汉字、法律、建筑、佛教,将中华礼仪与制度带回日本。天宝年间更是有鉴真大师为了东渡日本,双目失明也未曾放弃。六次启航,五次失败,他依然说:“是为法事也,何惜身命?”

说实话,在开始学日语之前,我对日本也有很多刻板印象。我以为日本人总是严肃拘谨、生活压抑;我以为日本文化要么是动漫二次元,要么是武士道。可当我真正开始学习这门语言,接触真实的日本文化时,这些印象一个一个被打破了。

在日语选修课上,我了解到日本的中学生也会吐槽作业多,也会为社团活动拼尽全力;日本女生有的性格大大咧咧,有的安静内向,这和我们身边的同学一模一样。所谓“日本女生都怎样怎样”只不过是动画和影视剧里的刻板印象罢了。日本的上班族并不都是都是严肃刻板的工作狂,他们也有无比生动,甚至有点“脱线”的一面。午休时的办公室,下班后的居酒屋都是气氛活跃的场所,他们会互相打趣,开着玩笑。还有,日本的很多科技都非常先进,是值得我们借鉴学习的。

学习日语这一年多,我最大的收获不是背了多少单词,也不是学了多少语法,而是明白:刻板印象往往来自不了解,偏见常常源于不接触。我们应该用开放的心态去看待不同的文化。不看低,不抬高,先了解,再判断。

从一千多年前的遣唐使,到今天我们学日语,追日剧,读俳句——文化的交流从未停止。我们是要在了解中拓宽自己的视野,独立思考,理智判断。

最后,我想说:每一种文化都有它独特的光芒。当我们愿意放下偏见、打破刻板印象,世界就会在我们面前变得更加开阔。

谢谢大家!

 

みなさん、おはようございます。

2年8組の胡喬です。こちらは2年4組の王思喬です。

今日は、昔の話と、私たちがなぜ日本語や日本文化を勉強するかについて話します。

昔、日本は中国の文化を勉強するために、たくさんの人を中国に送りました。これを「遣唐使」といいます。遣唐使のおかげで、日本は大きく発展しました。日本と中国の文化交流も始まりました。

1000年前、飛行機も電話もありませんでした。渡海はとても危ないことでした。それでも、いろいろな人が中国に来て、漢字や法律や建物や仏教なとを勉強しました。鑑真ぼうずさんは、目が見えなくなっても、日本に行こうとしました。

昔の人は、命をかけて文化を勉強しました。今の私たちは、本を開いたり、ビデオを見たりするだけで、日本語や日本文化を勉強できます。私たちはこの「簡単さ」を大切にしなければなりません。

日本語を勉強する前、私は日本について「こうだろう」と思っていました。日本人はいつも真面目で、生活は窮屈だろう。日本文化はアニメか武士道だけだろう。でも、本当に勉強してみると、そのイメージは変わりました。

日本語の授業で、日本の高校生の日常を知りました。彼らも宿題を「多いな」と言います。部活を一生懸命やっています。日本の女の子も、みんな静かではありません。元気な子もいます。それは私たちのクラスメートと同じです。

日本の会社員のイメージも変わりました。ずっと真面目で厳しいと思っていました。でも、昼休みの事務所や、仕事の後の居酒屋では、みんな笑ったり、冗談を言ったりします。日本文化は、厳しいだけではなく、元気で開かれていることもわかりました。

日本語を勉強して、一番よかったことは、単語や文法を覚えたことではありません。「違う文化を開いた心で見る」ことを学びました。低く見ない、高く見ない。まず知って、それから考える。

昔の遣唐使から、今の私たちまで、文化交流はずっと続いています。自分の視野を広げて、自分で考えることが大切です。

どの文化にも、それぞれの良さがあります。偏見を捨てて、ステレオタイプを壊せば、世界はもっと広くなります。

ありがとうございました。